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初恋前夜 - EPISODE - ZERO -

―――雨野とりせさんから頂いたロンハー小説


「ハーマイオニー、君が好きだよ。」

「……はぁ?」

 彼からの突然の告白に、彼女は呆気にとられた顔になった。

 一拍遅れて談話室のあちこちで歓声が上がる。
 一気にハーマイオニーの顔も赤くなった。

「え?あ、あの?…ロン?」
「……なんで気づかなかったんだろう。」
 囁くような掠れ声と共にロンはそっと彼女の手を取り、手の甲に口付けた。
 焦ったようにハーマイオニーが身じろぎする。

「…こんなに素敵な女の子が側にいたことに。」
 その瞬間。…今度は談話室の空気がピシピシと音を立てて凍り付く。
 ハーマイオニーは失神寸前だ。

「ろ、ロン…?」
「お願いだよ、……僕の恋人になってくれないかな、シュガー?」
「……シュガー?」

 今度こそ目の前が真っ暗になるハーマイオニーの視界の隅で、またしても爆裂双子がお腹を抱えて爆笑しているのが見えた。

「……何したの?」

 黒髪の少年が衝撃で多少青い顔色でちろりと双子を睨む。
 双子は悪びれる風もなく、自白した。

「いや、大したことはしてないんだけど。」
「そうそう、新発明の”ナリキリ・ドッキリ・ハーレクイン・ロマンス”薬をあいつの飲んでた紅茶に一、二滴放り込んだだけで。」
「…おもいっきりしてるじゃん……。」

 はぁ、とハリーが深い溜息を吐く。まぁまぁ、固いこと言いっこなし、とフレッドがその肩をぽんぽん、と叩いた。
「その時手近にいた女の子がターゲットなんだけどさ、面白いだろ?」
「ワレワレとしては是非とも商品化したいんだ、"W.W.W"で。」
「…売れるの?」
「確実に大ヒット間違いなしだ!」
「…誰が買うの…??」
「ロニィのような恋に恋する悩めるオトシゴロの少年少女さ!お手軽に恋愛気分がちょこっと味わえる、いいだろ?」
「…よくないと思うけど。」

 そんな外野は気にも留めず、ドーピング完了済みの赤毛の少年の独演会は続く。
「ハーマイオニー、…前からさ、僕、君のその柔らかそうな髪の毛に触ってみたかったんだけど…触ってもいい?」
「…え、え、あの、そんな…。」
「ありがとう。」

 何がありがとうなのかはよく分からないが、了承を取る前にロンは彼女の髪の毛に手を伸ばした。
 ふわふわと風に翻る栗色の髪に絡む指に、ハーマイオニーが息を飲んだ。
 一束指に巻き付けて、口元に運ぶ。
「…思ったとおりだ、絹糸みたいだね。」
 呟きながら髪の毛に口付けられて、ハーマイオニーは危うく腰を抜かしそうになった。

「だだだだだ、誰、アレ?」
 さしものグリフィンドールの肝っ玉アネキ、
 ラベンダーでさえどもりながら他の星から来た生物を見るような目で赤毛の少年を指さしている。
 尋ねられたネビル・ロングボトムは、ねじ巻き細工の人形のようにカクカクと首を横に振った。

「ハーマイオニー。…もう一度お願いして、いい?僕と、…ねぇ、僕のものに……。」
 熱心に青い瞳で見つめながら低い声で囁かれ、
 放心状態のハーマイオニーはうっかり首を縦に振りそうになって焦ってしまった。
「ロン、あなた今正気じゃないわ?!落ち着いて、返事はそれから…。」
「そりゃ正気じゃないよ。…君に狂わされて…もう、どうしていいか分からないんだ。」
「……。」

 ハーマイオニーは困惑して左右を見たが、級友達は既にがっちり遠巻き巻き込まないでね体勢で、
 彼女のピンチを助けてくれそうな人間は誰も居ない。
 思いあまったハーマイオニーはハリーの方に視線を送った。
 視線を受けたハリーは、おもむろに腕をクロスさせて「×」マークを作りながら首を振る。

「…って!そんな殺生な!」
「がーんーばーれー!骨は拾ってあげるよ〜。」
 小声で無情なエールを送り、ハリーはそそくさと男子寮の方へ逃げていった。

「…なんて甲斐のある親友かしら…!!」
 取り残されたハーマイオニーが小さく悪態をつく。
 ロンがそっと、その頬に手を伸ばした。
 指先が触れて、ハーマイオニーがびくんと怯えたように後退る。

「…な、なに?」
「……返事は?」
 促されて、ハーマイオニーは即答でイイお友達で居ましょう、と答える。
「友達じゃ、もう我慢できないんじゃないか!」
「我慢してよ、私を好きなら!!」
 既に帳尻がかなり破綻してきている水掛け論を繰り返しながら、
 ハーマイオニーは彼からじりじり距離を取った。

 このままでは、今の赤毛の少年は実力行使に出かねない。
 悪い予感が彼女の胸の中でカラータイマーよろしくピコンピコンと点滅する。
 まさかまさか、こんな衆目の前で押し倒され…はしない…だろうが。
 いや、そうであって欲しいが。

 最悪の場合、ちゅー位はおねだりされかねない。
 いや、おねだりしてくれるならまだイイ。
 不意打ちでされた場合、自分は黄金の右を繰り出すしか無いではないか。

…それで諦めてくれればいいけど。
 いやでも彼女だって人並みにファーストキスにはそれなりの夢がある。
 お花畑で満月の下、等という贅沢なことは言わないが、
 (これで居て結構乙女チックなトコロのあるグリフィンドールの主席である)
 大好きな人とこの上なく盛り上がった状況でウットリと夢のような口付けを
 できれば交わしたいものだと常日頃から目論んでいる。

 こんな所で、こんなお笑いポイントで、汚れを知らない大事な乙女の唇を、
 赤毛の少年などにくれてやるわけにはいかないのだ。
 (彼女の方も親友相手の割に結構友達甲斐のない発想ではある。)

 乙女の純潔を死守すべく、ハーマイオニーは更に二、三歩後ろに下がった。

「ハーマイオニー、どうして逃げるの…?」
 ロンが淋しそうに問いかけてくる。
 捨てられた子犬のような瞳に、一瞬彼女の心に仏心が芽生えそうになったが、
 心を鬼にして切り捨てる。

―――駄目よ、このロンは正気じゃないんだから!

 自分に言い聞かせながら、毅然と少年に向かって告げる。
「悪いけど、どうしても、今は私、あなたと付き合うなんて考えられないの。」
「なんで?」
「だから…まだ、私、勉強が恋人で、一番だし…。」
 男の人ってよく分からないし、と結局の所真剣に返事をしているハーマイオニーに、
 なんだそんなこと気にしてるの、とロンが微笑んだ。

「じゃ、僕が教えてあげる。…恋も、男も。」
「…勘弁して〜〜〜っっ!!!」
 余りといえば余りにロンらしくない発言に、ハーマイオニーの背中といわず腕と言わず全身に鳥肌が吹き出す。
「あああ、あなた、自分でナニ言ってるか分かってるの?!」
「うん、十分すぎるくらい。…ハーマイオニー、何も怖がらなくていいんだよ?」

 そんなアンタが一番怖いんじゃーー!!という台詞を何とか友情パワーで呑み込み、ハーマイオニーは青ざめて首を振る。
「ハーマイオニー、僕じゃ…君の恋人にはなれない?考えてもくれない?」
「かかかか、か、考えてみるわ、考えてみるから、ちょっと、頭冷やさせて!」
 思わずどもってしまうのはご愛敬。
 けれど、ハーマイオニーも無下にきついことを言い捨てるほど、ロンに強気に出られないのも事実で、
 結局何故だか防戦一方になってしまっている。

―――金輪際ちらともあなたと付き合うなんてこれぽっちも考えられません、って言えばいいじゃないの、それだけの話よ!!

 頭の中でそんな台詞が回転するのだが、心の中のどこかの部分が、ストップの警報をかけているのだ。
 もし、ロンが薬が切れて、彼女の言い放った台詞の全てを記憶していたら、どうするのか、と。

 一向に構いはしない、ときっぱり言い切るハーマイオニーと、
 それはちょっと困るの、と戸惑うハーマイオニーがいて、
 彼女は相反する自己のどちらに耳を貸して良いのか、いつまでもぐずぐず決めかねている。

 そんな彼女の内心を読んだかのように、ロンがすっと距離を詰めた。
「ね、ハーマイオニー?」
 囁くように言われ、間近に迫った赤毛の少年に、彼女が弾かれたように顔を上げる。
「な、なに…?」
「試してみてよ。」
 ふわん、と微笑まれ、ハーマイオニーは一瞬不覚にも見とれてから、赤くなって顔を顰めた。
「…何をよ?」
「僕を男として、見られるか、どうか?」

 言うなり腕の中に抱き寄せられて、ハーマイオニーは息を詰まらせた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ?!」
 じたばたと藻掻くが、所詮は体格差も膂力の差もある男女の悲しさ、ロンの体はびくともしない。
 反対に押さえ込まれて、ハーマイオニーは悔しげに溜息をついた。
 少年の体臭が鼻孔をくすぐり、どんどん動悸が落ち着かない方向へ高まり始める。
「…離して。」
「嫌だと言ったら?」
「…嫌いになるわ。」
「それは、困る……。」
 耳元で呟くと同時に、腕の力が緩んだ。

 途端自由にどこにでも行けるようになって、
 実は出ていきたくなくなり始めている自分に思い切り戸惑ったハーマイオニーがやや乱暴にロンの腕を振り解く。
「…っ、強引だわ?」
「でも、このくらいしないと、君は僕のこと、男として見てくれないだろう?」
「…っっ!!」

―――図星だった。顔が赤く染まる。

 ギャラリーは既に『ハーマイオニーが落ちるか否か』という賭けを始めているようだった。
 しかし、どう贔屓目に見ても彼女の方が分が悪い。
「一口乗らない?ラベンダー?」
 パーバティに尋ねられて、少女は呆れたように首を振った。
「勝負にならないわよ…陥落寸前じゃない?」
「えー?そうかなぁ、結構保ってるように思うけど。」
「後一押しよね、ロン。…そこで抱きしめてぶっちゅー!と熱いの一発かませば王手なのに。」
「…ラベンダー。」
 あまりといえばあまりに友人思いな少女の発言にパーバティが苦笑する。

 その向こうでは、ロンが最後の説得にかかっていた。
「ハーマイオニー、君の気持ちは分かる、…僕とそんな風になるのが怖い、っていうのも痛いほど。…でもね、だからって、…。」
「……。」
 ハーマイオニーは躊躇っていた。
 ロンは本心で言っているんじゃない、というのが今現在唯一彼女を支えている柱だった。

 もし、これが全部本気の言葉なら。…その時の事は、考えたくもなかった。
「だからって、怖がってちゃ、何も始まらないよ?ハーマイオニー、僕と始めてみないかな?」
 二人で。…ね?

 ゆったりと微笑んで差し出された腕に、もう少しで腕を出しそうになったハーマイオニーが困惑の色を見せる。
「ハーマイオニー?」
「ロン。…あなたが分からないわ?…そんな風に素直に気持ちを言ってくれるあなたが、本当のあなただとは思えない。」
「…どっちも本当の僕だよ。思ってても、言わないだけで。」
 この台詞には相当の説得力があった。
 ぐらり、とハーマイオニーの心が揺れる。
 ロンがすかさず彼女の手を取り、その目を覗き込んだ。

「え、ええと…。ロン…。」
「ハーマイオニー、…信じてみて?」
 畳みかけるように真剣な色を湛える深青の瞳に見つめられて、
 ハーマイオニーは逆らいきれない引力で頭が頷こうとしているのを感じた。
「あ…私。」


 その時、遠巻きのギャラリーの中で、双子の片割れが無情な台詞を吐いた。
「あ、十五分経った。」
「へ?」
 周囲の人間が何事かと振り返る。
「あ、いや、そろそろ薬の効力が切れる頃だよな…と。」
「えー?そんな、今から面白くなるのに!!」
 無責任にも噛み付くように抗議するラベンダーに苦笑しながら、ジョージが言った。
「仕方ないだろ?お手軽ロマンス専用の薬なんだから。」
「そんなー!」
 もっと改良しなさいよ、と詰め寄られている双子の向こうで、
 彼等の末弟が何か夢から覚めたようにゆっくりと首を振った。

「…え?あれ?僕、…え?」
 どうやら、薬の効果は切れたようだが、まだ記憶は混乱しているらしい。

 ややあって、自分がハーマイオニーの至近距離で彼女の手を取って顔を近づけていることに気付いて、ぎょっとしたように手を離す。
「…え?あ?うわぁ?!ぼぼぼぼぼく、いいい、一体何を?」
「何を?はこっちが聞きたいわよ!!」
 一瞬遅れて日常に復帰したハーマイオニーが、ホッとしたような、どこか残念なような気分で赤毛の少年を怒鳴りつけた。

「あなた、さっきまで好きだの付き合ってくれだの言って、私を口説いてたのよ?」
「えーーー???!!!僕が?君を?!ウソだろ?!」
 言いながら周囲を見回したが、ギャラリーは苦笑しながら彼女の台詞を肯定するばかり。
 ロンの顔が、髪の毛と同じ色まで一気に染まった。
「え、あ、じ、冗談だろ?!誰がハーマイオニーなんかと…!」
「”なんか”で悪ぅございました!こっちだってロンなんか願い下げよ!!」
 それだけ言い放つと、ハーマイオニーは上手い逃亡の言い訳ができたとばかり、
 ロンにあかんべぇをひとつして、まだドキドキする心臓を抱え、逃げ出すように談話室から出ていってしまった。

 呆然と見送ったロンが、憤然と呟く。
「な、…なんなんだアレ?!可愛くない!!」

 その肩を、両側からがしっと双子の兄貴達が掴む。
「惜しかったなぁ、ロニィ。もう少しでガールフレンドゲットだったのに。」
「そうそう、我らも未来の義妹を逃して残念だよ。」
「な、なな、何言うのさ、ジョージ、フレ…あ!またなんか僕に変なもん飲ませたろ?!」
 殆ど掴みかからんばかりのロンに、双子がおっと、とにやにやしながら飛び退く。

「だって、ワレワレとしては、なぁ?ジョージ。」
「そうそう、弟の恋路を応援しようと…な?フレッド。」
「だだ、誰が…!頼んでなーーーいっ!!!」


 その後、自分で思い出すまでもなく、友人達によってハーマイオニーに囁いた数々の甘い台詞を寄ってたかって聞かされたロンが、
 夕食の席で真っ赤になって少女と顔も会わせられなかったのは、ある意味当然の報いといえよう。

*****

 制服をパジャマに着替えながら、ロンはぽつりと呟いた。
 おかしい。…ちょっとだけ、自分の心の中には変調が起こっている、いや起こりかけている。

「薬のせい…だよな?」

 ロンがぽつりと呟いた。
 頭の中で、ようやく思い出してきた幾つかの本日の記憶が再生される。

 ハーマイオニーの栗色の髪の毛がいい匂いだったのも、
 困惑した表情が堪らなく守ってあげたいくらい可愛らしかったのも、
 抱きしめた体が折れてしまいそうなほど細くて守ってあげたくなったのも、
 頬を染めて伏せられた瞳が、やけに艶めかしくてときめいたのも。

 全部コレは。
 双子の薬というフィルターがかかっていたから、なんだろうか?

「薬の所為、薬の所為、薬のせいだってば!!」

 だって相手はあのハーマイオニーだぜ?!
 ロンはぶんぶんと頭を振ってそう叫び、妄想を追い払うように頭から布団を引き被った。

「もう、寝ようっと!!」
 おやすみなさいっ!と叫んでロンは夢の世界へ逃亡した。

 この後少女が少年の頭の中から無事出ていってくれたかどうかは、ロンだけが知っている秘密である。

**********
...END.

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雨野とりせさんから頂いたキリ番ロンハー小説に絵をつけさせていただきました。
『まだできあがっていない喧嘩ばっかりしてるロンハー、14,5歳ぐらいの設定でお願いします。
シチュエーションは、ロンが双子から(双子じゃなくてもいいです)変なもの飲まされて、
なぜか自分の気持ちをハーマイオニーにペーラペラしゃべっちゃって(歯の浮くようなセリフ)、
それを聞いたハーちゃんが焦って照れまくる、という感じで。。』
という、ほんと勝手なリクエストにちゃんと応えてくださいまして。。多謝多謝!!
談話室のみんなが集まってる中での告白っていうのがツボです。
髪にキスするロンにクラクラしました。
ハーちゃん、よく落ちませんでしたねー。わたしなら即OKかも(笑)。
これ以降のロンとハーの関係が気になります。

絵の説明をしますと、手にキスするロンに身じろぎするハーちゃんです。
ハーちゃん、目がテンでございます。
バックにいるのは、ハリー、双子、ジニー、パーバティ、ラベンダー、ネビルです。
ロン、”ナリキリ・ドッキリ・ハーレクイン・ロマンス”薬のせいか妙に色男になってます。