―――更紗月(さらさむ〜ん)さんから頂いたロンハー小説
妙に目が冴えて眠れなかった。
同室のやつらを起こさないようにそっとベッドを抜け出ると、ロンは窓際に立って夜の空を見上げた。月が煌々とかがやいている。今夜は満月なんだろうか。
クイディッチ場は、部屋の窓からちょうど見えない位置にあった。それでもロンの目にははっきりと、競技場のすみずみまでが手に取るように映る。ゴールポストの前の位置についたときの景色、遠くからいきなり迫ってくるハリーのファイアーボルト、何とか彼のスキをねらおうと、手ぐすね引いて待ちかまえているチェイサーたち、気を抜いた瞬間に思わぬ角度から襲ってくるブラッジャーの影・・・・
ウッドが抜けたグリフィンドール・クイディッチチームは、正直なところ危機的な状態だった。主将と、頼りになるゴールキーパーが同時にいなくなり、しかも三校対抗トーナメントのおかげで昨年はまるで練習をしていない。キャプテンを決める段になって、最上級生の双子は「俺たちはガラじゃないよ」とハリーを担ぎ上げた。そして担ぎ出されたハリーは、オリバーのぬけた穴にロンを指名したのだった。
キーパー
しかも、あのオリバー・ウッドの後の。
2年前にスリザリンをねじ伏せて優勝したグリフィンドール・チームの。
「箒がないよ」とうろたえるロンに、双子はにやにやしながら旧式のニンバスを差し出した。オリバーがのっていたものだ。プロ入りした際に箒を新調したオリバー・ウッドは、グリフィンドール・チームに自分の使っていた箒を寄付していったのだ。手に取ったロンは、使い込まれてあちこち傷のついた柄を手でなぞり、満面の笑みを浮かべて顔を上げた。
しかしはじめての練習だった今日、ロンは自分の甘さをいやと言うほど思い知らされた。もちろんクイディッチは何度も経験がある。しかしそれは、自宅の庭できょうだいとプレイしたり、寮チームが使っていないときに学校の競技場を占領して気まぐれに遊ぶゲームであって、こんなに真剣な競技ではなかった。双子は観客として外側から見ているのと、選手のひとりとして内側から見るのとでは雲泥の差だった。へらへら笑っているように見えて緻密な連携を保ち、頭脳的にブラッジャーを繰り出す。他のメンバーも、箒のさばき方からしてロンとは違っていた。
そしてハリーは、ハリーはマジで凄かった。天性のカンが、この3年間と去年のトーナメントで一層みがきあげられたようだ。人に言えない修羅場をくぐり抜けてきたすごみも加わり、何とも言えない威圧感を備えるようになってきた。あのヴィクトール・クラムからも何かテクニックを教わったらしい。
それにひきかえ自分は・・・・ロンは月明かりに照らされて静かにたたずむ木々の黒い影を見ながら、何度目かのため息をついた。
丸いさえざえとした月を見ると、それが迫ってくるクアッフルのようにも思える。ロンはぶるっと身震いすると、音を立てないように気をつけながらローブを引きずり出した。素早くパジャマの上から羽織り、しっかりとボタンを留める。そしてオリバーの箒、いまは自分が使うことになった競技用箒を握りしめると、そっと談話室へ降りていった。
(天文塔から飛んでみよう)
どうしても何かしないと気が収まらなかった。もちろん真夜中のこんな時間に寮を抜け出すことが禁止されているのは百も承知だ。しかし5年生になり、フィルチやピーブズの行動パターンも読めるようになってきたし、だいたい夜中に抜け出してどこかで逢瀬を楽しんでいるカップルが必ずいるものだ。ひとりで箒乗りの練習をすることぐらい、それに比べたら・・・
カタンと後ろで音がしたので振り向いたロンは、一瞬、見てはいけないものを見てしまった気がして心臓が跳ね上がった。女子寮への階段の入り口に、寝間着の上にガウンをまとっただけのハーマイオニーが立っていた。常夜灯のろうそくに照らされた栗色の髪が、白いガウンにフワフワとウェーブを投げかけている。
「ロン、何してるの?」
「なんでもない。」
ロンは反射的に答えた。
「何でもなくないでしょう! 箒もってどうするのよ?」
ハーマイオニーがあっという間に駆け寄ってきたので、ロンは困って眉間にしわを寄せた。
「ちょっとロン、こんな真夜中にどこへ行こうって言うの! 私は監督生として・・・」
「うるさいな。ひとりで考えたいこともあるんだ。」
ロンは何となくハーマイオニーを見ることがためらわれて、そっぽを向いたまま言った。
「それなら、ここでひとりで考えればいいじゃないの。」
「そういう問題じゃない。」
1年生の時に「ごめんなさい」と言いながらネビルに足縛りの呪いをかけたハーマイオニーを思い出し、ロンは一刻も早く談話室を抜け出そうとした。後ろでまだ何か言っている彼女に返事もせず、足早に部屋を横切る。そのまま立ち止まらず一気に肖像画を抜けてしまおう。さすがにこの時間、あの格好で外までは彼女も追って来まい。減点されたら、それはその時だ。今夜は飛びたい気分なんだ。くそっ、親友から減点するか?
ロンは肖像画をくぐりぬけると、大股でどんどん廊下を遠ざかった。一瞬ためらったハーマイオニーだったが、唇を噛んで杖を握りしめるとすぐさまその後を追った。ふたりの後ろから太った貴婦人が、
「まあ〜 マクゴナガル先生に言いつけるわよ〜」
と、あくびしながらつぶやいた。
「そんな格好でどこまでついてくるんだよ。」
自分だってローブの下はパジャマ一枚のロンが、チラと振り返って小声で言った。
「あなたを寮に連れ戻すまでよ。」
「風邪ひくぞ。」
「これは義務よ。」
誰にも見つからないようにこっそりと、しかし早足で歩くロンの後を、小走りのハーマイオニーが追いかけてゆく。ロンは誰もいないのを確かめながら階段を2段ずつのぼり、廊下をいくつも横切って、とうとう天文塔までたどりついた。そっと観測台の内側をのぞき込む。外から見えないようになっている天文塔の観測台は、実はカップルの聖地で、監督生だって気を遣って見て見ぬフリをする場所だった。
今夜の天文塔は授業もなく、さらに幸いなことに寮を抜け出した恋人たちもいない。風は弱く、満月が明るい。飛ぶには絶好の夜だ。
「なんだってこんなところに来るのよ!」
ぜいぜい言いながら観測台まで登りついたハーマイオニーが、もう小声でなくても大丈夫と判断して強い口調で言った。
「ここから飛んでみたいんだ。」
ロンは前を見たままつぶやいた。
「箒の練習なら明日すればいいでしょう? 夜中に寮を抜け出す理由にはならないわ。」
「今じゃなきゃダメなんだ。」
「なにバカなこと言ってるのよ。悪い夢でも見たの? 具合が悪いならマダム・ポンフリーの所に行きましょう。」
「うるさいなあ。おせっかいすぎるよ君は。」
語気に苛々した感情がまじった。ひとりで飛びたいんだ、この夜の中を。どうして放っておいてくれないんだ、ハーマイオニー。友だちなら黙って見逃せよ。
「待ちなさいよ! そんなに言うんなら私も行くわ!!」
ロンはぎょっとして振り向き、まじまじとハーマイオニーを見おろした。
「箒は一人乗りだぜ。」
「振り落とされるまでしがみついているわよ!」
その顔を見てロンは、厄介なモノを背負い込んでしまったと思った。ハーマイオニーがこう言ったからには、意地でも箒にしがみついて降ろそうとするに違いない。地面の上なら笑い話とすり傷ですむが、天文塔の上から飛ぼうとしている今は、とんでもなく危険だ。
「やめろよ。危ないぞ。」
「やめないわ。降りなさいよ。」
ロンは一気にふりきって飛んでしまおうと、素早く箒にまたがった。それを見たハーマイオニーは間髪を置かず柄をつかみ、ロンの真後ろに自分の体重を乗せてのしかかった。
「一人乗りでしょ。ふたり乗ったら飛ばないわ。」
その勝ち誇ったような言いぐさがカンに障った。
ロンが後先も考えずいきなり箒を上昇させると、あっと思う間もなく古いニンバスはよろよろと天文塔から10メートル近く虚空に飛び上がった。ハーマイオニーは言葉を失い、片手で箒の柄を、もう片方の手でロンのローブをつかみ、必死でバランスを取っている。さすがにロンも危険を感じて普段よりずっと前に座り直し、ハーマイオニーのために場所を空けた。
「ほ、ほんとに飛ぶんだから・・・」
少し震えたハーマイオニーの声がした。闇雲についてくるからいけないんじゃないか、ロンの心が意地悪な返事をした。ぼくは、少なくとも君よりは箒乗りがうまい。きみときたら魔法はあんなに優秀なのに、箒に乗るのはからきしだ。だけどクイディッチにはその程度じゃダメなんだ。もっとうまくなきゃ。もっと迅速に、もっと身体の一部のように箒を扱えなきゃ・・・・
「・・・・クイディッチの才能なんて、全然ないかもしれない。」
心の中のはずの言葉が、思わず知らず口からこぼれた。
「わたし、・・・・最初からうまい人なんて誰もいないと思う。」
「気休めいうなよ。」
「気休めじゃないわよ!」
ロンは息を飲み込み、一気にはき出した。
「きみにはわからないんだ。きみは監督生で、成績も良くて・・・・金に困ったことだってないじゃないか!!」
剣幕に押されたハーマイオニーが一瞬黙った。銀色の月が中天にかかり、下に見える城全体を柔らかく照らしている。
「・・・あなたはみんなにないものをたくさん持ってるわ、ロン。暖かい家族だってあるし、魔法使いのチェスでは誰もかなわないじゃない。あなたは友だち思いで誠実だわ。クイディッチは始めたばかりでしょ。調子が出てくれば・・・・」
そんなんじゃない。チームについていけてないことは、自分が一番よくわかってる。半端なのはクイディッチだけじゃない、持ちものだってすべて中古品だ。この箒だってオリバーのだけれど、やっぱり中古じゃないか。ハリーみたいに劇的な人生を送ってきたわけでもない。平凡で、平凡で、なんの面白みもない、取り柄もない人間だ。
「あなたがいるとみんな楽しい気分になるわ。たとえばハリーは、生い立ちのせいもあるんだろうけど、いつもどこか・・・・」
その言葉に、胸の底に引っかかっていたものが堰を切ったように流れた。
「ほらハリーだ!」
ロンは乱暴に箒をカーブさせた。衝撃にハーマイオニーは小さな悲鳴を上げ、思わず両手でロンの腰にしがみついた。そんなことにはかまわず急上昇した後、ロンはジェットコースターのように湖に向かって突進し、湖面スレスレをジグザグに飛んだ。落ちたら落ちたでいい。知ったことか。
そうなんだ。ハリーだ。いつもハリーなんだ。一番最初に仲良くなったハリー。気持ちが通じ合うハリー。けんかをしても、必ず仲直りしてきたハリー。クイディッチ・チームに「入れてくれた」ハリー、ひとりぼっちでも例のあの人に勇敢に立ち向かい、生き延びてきたハリー、英雄のハリー!
ロンは方向を変えると、今度は黒く広がる禁じられた森の上空にスピードを上げてつっこんだ。心がきしんで、風を切る自分と箒がギシギシ泣いているように思えた。
「君だってハリーが一番なんだろ!?」
半ば悲鳴のようなかすれた声を、眼下の禁じられた森が吸い取っていく。
さっきよりも風が強くなり、定員の倍を乗せた古いニンバスは横風をうけて空中でゆらめいた。ハーマイオニーは何も言わなかった。ただ黙って、ロンの腰に回した手に力を入れた。背中に柔らかい少女の体温を感じたロンの全身に緊張が走った。急に自分が今どんなにバカなことをしているかに気づき、頭に上った血がすーっと退いていくのを覚えた。ロンはスピードを落として方向転換した。
「あなたには・・・・あなたのいいところがあるじゃないの、ロン。」
背中から聞こえる、かみしめるような、低い声。
「単純だけど。すぐカッとするけど。考えなしだけど。」
「ハーマイオニー、きみ、けなしてるの?」
頭が冷えてきたロンが苦笑混じりにつぶやいた。ずいぶん遠くまで飛んでしまった。早く天文塔まで帰らなくては。フィルチに見つかったら自分だけでなく、グリフィンドールの監督生まで巻き添えにしてしまう。それは避けたい。ぼくはしかたない。でもきみだけは・・・・
「・・・・そういうところ、わたし、すきだわ。」
風の中で小さな声が聞こえた。
ロンは耳が熱くなるのを感じて、箒のスピードを上げた。また早くなったのに気づいたハーマイオニーが、さっきよりも一層強くしがみつく。ロンは片手で舵を取りながら、もう一方の手で、彼の腰にきつく回された細い両腕を上からしっかりと押さえた。大丈夫だから。どんなにスピードを上げたって、君を危険にさらすようなことは決してしないから。どんなことがあっても、だから・・・・
そうして二人分の体重に耐えた旧式ニンバスはやっと任務を解かれ、再びこっそりとグリフィンドール塔に戻ることができた。女子寮の入り口で振り返ったハーマイオニーは、
「今日のは夢だったことにしましょう。減点は・・・・やめ。自分からも減点しなくちゃならないし。」
と言ってくすっと笑った。
「不良監督生。」
ロンも笑った。さっきまでわだかまっていたのが、本当に夢のように感じた。
「でも、もう二度と夜中に抜けださないって誓って。でないと私、すごく困るわ。」
「わかったよ。ハリーが関わらなきゃ、抜け出さないよ。」
「そういうことじゃないでしょ!」
「大丈夫さ、あいつは透明マント持ってるから。」
女子の監督生は盛大にイヤな顔をした。そして極秘の任務をいいわたすように顔を近づけると小声で付け加えた。
「その時はわたしも呼びなさい。」
おやすみを告げた箒の新しい持ち主は、出てきたときと同じようにこっそりと部屋に戻り、ローブを椅子にひっかけると自分のベッドに潜り込んだ。不思議と安らかな気持ちだった。ゼロから出発すればいいじゃないか。明日またがんばろう。もっとうまくなってみせる。クイディッチも、それ以外のいろいろなことも。そして、強く強くなって、どんなことが起こっても必ず・・・・
(君を守るから・・・・)
今はまだ言えない言葉を、胸の奥に深くしまって。
fin
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更紗月さんから頂いたキリリクロンハー小説にイラスト付けさせていただきました♪
更紗月さんへのリクエストは、「どうせ君だってハリーが一番なんだろ!」というセリフ。
そしたら、こんなにこんなーーに素敵なロンハー小説にしてくださいました!
もうもう、わたしの好きなロンハー要素が全部含まれてます。
まだまだ微妙なぎこちない関係、そんでもって悩んでイジイジするロン、
でも、やっぱりハーちゃんが一番大切なロン。。
そして、なんといってもツボなのが、ハーちゃんの寝巻き姿を見て照れるロン!!
かわいいぞ、ロニィ、かわいすぎるぞぉぉぉ!!
とにかく、最高です。更紗月さん。
ということで、イラストの説明をしますと
”ロンは片手で舵を取りながら、もう一方の手で、彼の腰にきつく回された細い両腕を上からしっかりと押さえた。”
↑の場面を描いたつもりです。
原作はハリー視点だから、こういう場面は見ることできないだろうなぁ。。でも、見たい!